ダンナと呼ばれて。
忘れ物が多くて困っている。
一日の多くの時間を、探しものに費やしている気がする。
出掛ける時などは特にそうである。
あれは、半年ほど前の事・・・・
その日、朝一で出かけようとしていた。
何処に行こうとしていたかは、皆目思い出せない。
その事自体も、忘れ物が多い事と同根にあるが、とにかく財布がどこにも見当たらないのだ。
捜索の結果、自宅にも車の中にも財布は無いとの結論に達した。
腕を組んで考えた。
えーっと、最後に財布を持って出かけたのは・・・
あ!
昨日、馴染みのラーメン屋さんに行ったんだった。
少なくともあの時、財布があったのは間違いない。
営業前とは分かっちゃいるが、ダメもとで電話をかけてみた。
幸い、直ぐに電話は繋がった。
「昨日のお昼に、お宅でラーメンば頂いた者だけど、もしかして財布・・・」(私)
「あ、預かっとります。電話が解らんやったけん、連絡できんですんまっしぇん。」(店主)
「とんでもなかです。早い時間で恐縮ばってん、今から取りに行ってよかですか?」
「どうぞどうぞ。自宅は隣なんで、チャイムを鳴らしてくれたらよかです。」
よかった。
それにしても、翌日になるまで財布を落としたことに気付かないなんて。
俺のバカ。反省しろ!
本来なら、拳骨で頭を殴りつけたいところだが、これ以上脳に損傷を与えるのは、得策ではなかろう。
止めておく事にした。
第一、痛いではないか。
何はともあれ、ラーメン屋さんに行ってみた。
店主は、店の隣が自宅と言ってたな。
玄関のチャイムを鳴らしていると、スープの仕込みでもしていたのだろうか。
意表を突いて、店の方から店主が出て来た。
手には見慣れた財布を持ち、
「あ、ダンナ。こっちです。」(店主)
……ダンナって。
あのねぇ。

流石に『ダンナ』と呼ばれたのは、生まれて初めてだ。
3人称で『旦那さん』ならありがちだが、2人称で『ダンナ』はなかろう。
漱石が久留米の山川町で、人力車の車夫に呼びかけられた時の情景を詠んだ句に、
『親方と呼びかけられし毛布哉』
がある。
その時の漱石の困惑も、きっとこうであったに違いない。
「どうも有難うございます。朝早くからすみませんでした。」(私)
苦笑いを噛み殺しつつ、深々と頭をさげるしかない。
財布を預かって貰って、こんな事を言うのも何だが、
あんたは焼津の半次か!
と、
私らの年代にしか理解できぬ役柄で締めくくってみた。
え?
半年前の事を引っ張り出してきたのは、書くことが無いからだろうって?
まあ、概ね当たってる。
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